「宇宙と意識を考える――私たちは、なぜここにいるのだろう?」
第1回 私たちの身体は、宇宙からできている
――「食と意識」から、宇宙と人間を考えてみる
「食と意識研究所」という名前を聞くと、食べることと心の関係を研究するところ。
そんなイメージを持たれるかもしれません。
もちろん、それは私たちが大切にしているテーマの一つです。
けれども、私がこれから皆さんと考えていきたい「意識」は、もう少し大きなものです。
私たちは、なぜ考えるのでしょう。
なぜ「私は何のために生きているのだろう」と考えるのでしょう。
そして、そもそも「意識」とは何なのでしょう。
そんな問いを辿っていくと、やがて人間だけではなく、生命、地球、そして宇宙そのものへと視野が広がっていきます。
今回は少し大きく、宇宙から始めてみたいと思います。
「私たちの身体を遡っていくと、宇宙にたどり着く」
現在の宇宙論では、宇宙は約138億年前、非常に高温・高密度の状態から膨張を始めたと考えられています。
そこから長い時間をかけて、素粒子が生まれ、原子がつくられ、星や銀河が形成され、星の内部では核融合によってさまざまな元素が生まれました。
そして星の一生の過程で宇宙空間へ放出された元素が、次の星や惑星、さらには生命をつくる材料になっていきました。
私たちの身体をつくっている炭素、酸素、窒素、カルシウム、鉄なども、その多くがこうした宇宙の歴史の中で生まれたものです。
つまり、これは比喩ではありません。
私たちの身体をつくっている物質そのものが、宇宙の歴史の中でつくられてきたのです。
そう考えると、
「私」と「宇宙」は完全に切り離された存在ではない、
ということが見えてきます。
では、「意識」はどこから来たのでしょう
ここからが、食と意識研究所として考えてみたいところです。
物質から生命が生まれ、生命が進化し、神経系が発達し、人間には高度な認知能力が生まれました。
そして人間は、ただ生き延びるだけではなく、
「私は誰なのか」
「なぜ生まれてきたのか」
「死んだらどうなるのか」
「宇宙はなぜ存在するのか」
という問いまで持つようになりました。
不思議だと思いませんか。
お腹が空けば食べる。危険があれば逃げる。子孫を残す。生命が生き延びるためだけなら、それだけでもよさそうです。
ところが人間は、
「自分が存在している意味」まで知りたくなってしまった。
なぜなのでしょう。
宇宙が、人間を通して宇宙を見ている?
ここから先は科学的事実ではなく、一つの哲学的な考察です。
私は、とても興味深い問いだと思っています。
もし、人間の身体が宇宙の長い進化の中から生まれてきたのなら、
人間の「意識」もまた、その大きな流れの中で生まれたものだと考えることができます。
すると、こんな見方もできるかもしれません。
人間が宇宙を研究しているということは、宇宙から生まれた存在が、宇宙そのものを理解しようとしているということではないか。
もう少し詩的に言えば、
宇宙が、人間という存在を通して、自分自身を見つめ始めた。
とも言えるかもしれません。
もちろん、これは科学的に証明された話ではありません。
けれど、私はこういう問いを持つこと自体に意味があると思っています。
「意識」を考えることは、「どう生きるか」を考えること
宇宙について考えることと、今日の私たちの生活。
一見すると、まったく関係がないように見えます。
けれど、本当にそうでしょうか。
私たちの身体は、宇宙の物質からできています。
その身体をつくり続けているのが、呼吸であり、水であり、そして毎日の「食」です。
そして、その身体を通して、
味わう。感じる。考える。選ぶ。行動する。
という経験をしています。
だから私は、
食べることは、単なる栄養補給ではなく、「この世界を経験すること」の一部なのではないか
と思うのです。
何を食べたいのか。何を心地よいと感じるのか。何を美しいと思うのか。誰と過ごしたいのか。
そして、私はどう生きたいのか。
小さな「食の選択」から始まった問いが、突き詰めれば「私は何者なのか」という問いにつながっていく。
だからこそ、食と意識は面白いのです。
一緒に「答え」ではなく「問い」を持ってみる
食と意識研究所では、何か一つの世界観を「これが正解です」とお伝えする場所にはしたくありません。
科学でわかっていること。まだわかっていないこと。心理学から考えられること。哲学として考えられること。そして、人間が昔から感じてきた霊性や宇宙観。
それらを混同するのではなく、違いを大切にしながら、それでも境界を越えて考えてみたい。
なぜなら「意識」は、まだ人類がすべてを説明できている領域ではないからです。
皆さんも、ぜひ考えてみてください。
「私」という意識は、どこから来たのでしょう。
そして、
宇宙から生まれた私たちは、この世界で何を経験しようとしているのでしょう。
次回は、
「なぜ人間は『自分はなぜ存在するのか』と考えてしまうのか」
というところから、「意識」という不思議な存在について、もう少し深く考えてみたいと思います。
